換価遺贈・換価分割における譲渡所得の帰属

包括遺贈/特定遺贈/換価遺贈/換価分割の4類型と、個人間・法人遺贈・特定口座の整理

本資料について 本資料は税法・民法の論点整理のための一般論の解説です。個別案件への当てはめにあたっては、必ず根拠条文・通達・最新の裁判例等を担当者自身でご確認ください。

目次

  1. 4類型の前提整理
  2. 論点1:個人間の換価遺贈・換価分割の譲渡所得の帰属
  3. 論点2:法人への包括遺贈・特定遺贈
  4. 論点3:有価証券(特定口座)の換価分割
  5. 全体サマリー
  6. 引用根拠一覧

包括遺贈

遺産の全部または一定割合を遺贈。包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有する(民法990条)。

特定遺贈

特定の財産(不動産A・株式Bなど)のみを遺贈。特定受遺者は相続人の地位を有さない。

換価遺贈(清算型遺贈)

被相続人が遺言で「財産を売却して代金を分配せよ」と指定。遺言の効力として換価義務が生じる。

換価分割

相続人間の遺産分割協議で「売却して代金を分けよう」と合意する分割方法。協議による換価。

換価遺贈と換価分割は、外形上「物を金銭化して分配する」点で似ていますが、根拠(遺言 vs 協議)が異なり税務上の整理にも差が生じうる論点です。

論点1 個人間の換価遺贈・換価分割の譲渡所得の帰属

1-A 換価分割(遺産分割協議で売却・分配を合意) +

民法上の整理

遺産分割の効力は相続開始時に遡及(民法909条本文)。実務上の登記方法は次の2通り。

  • (i) 共有名義方式:相続人全員の共有名義で相続登記 → 共有のまま売却 → 代金を分配
  • (ii) 単独名義方式:代表相続人1名の単独名義で相続登記 → 売却 → 代金を他相続人へ分配
贈与税リスク回避のポイント
遺産分割協議書に「換価分割を目的とすること」「分配割合」を明記。明記がないと、代表者の単独相続→他相続人への贈与と認定されるリスク。

譲渡所得の帰属

共同相続人各人に、換価代金の取得割合に応じて譲渡所得が帰属(所得税法33条、同12条 実質所得者課税の原則)。

取得費加算(措法39条)

適用可能と解されます。要件は次の3点。

  • (i) 相続・遺贈により取得
  • (ii) その譲渡資産につき相続税が課税されている者であること
  • (iii) 相続税申告期限の翌日から3年以内の譲渡
結論(1-A)
換価分割は「各相続人の譲渡所得申告」で処理されるのが原則。被相続人の準確定申告にはならない。取得費加算も適用可能。
1-B 換価遺贈(清算型遺贈) +

民法上の整理

遺言執行者は、遺言の内容を実現するために必要な一切の行為をする権利義務を有するとされます(民法1012条)。登記実務上、次の2段階の登記が必要と解されます。

  • 第1段階:被相続人 → 相続人全員(共有)への相続を原因とする所有権移転登記(遺言執行者が代位申請可能)
  • 第2段階:相続人 → 買主への売買を原因とする所有権移転登記

中間省略登記(被相続人から直接買主へ)はできないと解されており、売却の前提として相続人名義(共有)を経由する必要があります。

譲渡所得の帰属 — 議論のある論点

現在も学説・実務で議論のある論点です。主な見解は次の2つ。

内容 位置づけ
受遺者帰属説 実質所得者課税の原則(所得税法12条)から、売却代金を実質的に取得する受遺者に譲渡所得が帰属。 税務大学校論叢85号、神戸学院法学51巻1号、複数の税理士法人の実務解説で妥当とされる立場が多い。
相続人帰属説 登記名義上の所有者である相続人が売主となるため、形式的な納税義務者は相続人。 税務署が登記の外観から相続人に課税通知を発する事例があり、実務紛争の温床となっていると指摘される。
実務対応の定石
紛争予防のため、遺言書設計段階で「譲渡所得税相当額は受遺者が負担する」旨を明記する負担付遺贈の手法が、実務解説で広く推奨されています。

被相続人の準確定申告とするのは難しい

清算型遺贈であっても、実際の売却は相続開始後の行為であり、被相続人が生前に譲渡したわけではないため、被相続人の準確定申告(所得税法125条)として整理することは原則として困難と解されます。民法909条の遺産分割の遡及効を譲渡所得課税の場面で生前段階まで巻き戻して被相続人に帰属させる取扱いは確立していません。

取得費加算(措法39条)の適否

受遺者が相続人以外の第三者である場合、相続人は当該不動産につき相続税の課税を受けていないことが多く(受遺者が相続税を負担)、相続人帰属で課税されると取得費加算が使えない不合理が生じます。受遺者帰属説に立てば、受遺者自身が相続税を負担しているため適用される余地があると解されます。

結論(1-B)
清算型遺贈の譲渡所得帰属は確立していない論点。受遺者と相続人が分かれる案件では、遺言書設計段階での税負担条項の明記が重要。
相談者の認識との対比(論点1)
「個人間での相続遺贈であれば、相続で処理せざるを得ない」「不動産・有価証券が形を変えて金銭として相続人に帰属する構成は難しい」という整理は、相続人段階で課税が完結する整理と一致し、税法上も妥当な方向性と解されます。ただし清算型遺贈で受遺者が相続人以外の場合は、上記の議論論点が顕在化するため、案件ごとの個別整理が必要です。

論点2 法人への包括遺贈・特定遺贈

法人は民法上の相続人にはなれません。包括受遺者・特定受遺者にはなれます。よって法人への財産承継はすべて「遺贈」として整理されます。

2-A 法人への包括遺贈 +

みなし譲渡(所得税法59条1項1号)

法人への遺贈は、被相続人について時価で譲渡があったものとみなされます。これは法人に相続税課税がない(相続税法1条の3は個人のみ)ことに対応し、被相続人段階で含み益を所得課税で清算する趣旨です。

準確定申告の納税義務者(所得税法125条)

みなし譲渡による譲渡所得は被相続人の死亡年分の所得として準確定申告(相続開始を知った日の翌日から4ヶ月以内)の対象。

国税通則法5条により、被相続人の国税の納付義務を承継するのは「相続人および包括受遺者」。法人である包括受遺者も納付義務を承継すると解されます。

申告手続の義務者

  • 他に相続人がいない場合:包括受遺者である法人が単独で準確定申告義務を承継
  • 相続人と包括受遺者である法人が併存する場合:両者が共同で準確定申告義務を負う(承継額は民法900条以下の相続分により按分)

法人側の処理

受贈益として法人税課税(法人税法22条2項)。取得価額は時価(みなし譲渡で清算後の価額)。

結論(2-A)
法人への包括遺贈はみなし譲渡で被相続人の準確定申告となり、包括受遺者である法人がそれを承継する。相続人が併存する場合は両者の共同申告となる。
2-B 法人への特定遺贈 +

みなし譲渡(所得税法59条1項1号)

特定遺贈であっても法人が受遺者である以上、みなし譲渡課税が発生。被相続人について時価で譲渡があったものとして譲渡所得が発生します。

準確定申告の義務者

国税通則法5条が承継義務者として規定するのは「相続人および包括受遺者」のみ。特定受遺者は含まれません。したがって特定遺贈の場合の準確定申告は相続人が行うことになると解されます。

構造的な不合理
「特定遺贈で利益を得るのは法人だが、譲渡所得税を負担するのは相続人」という不合理が構造的に生じる。実務では遺言で「税相当額は受遺者が負担する」「税控除後の残額を遺贈する」等の負担付遺贈とすることが推奨される。
ただし負担付遺贈は措法40条の非課税承認の適用を排除する可能性があるため、公益法人への遺贈では要注意。

相続人がいない場合

相続財産は法人化(民法951条、相続財産法人)。相続財産清算人(旧:相続財産管理人)が準確定申告を行う(国税庁質疑応答事例「民法上の相続人が不存在の場合の準確定申告の手続」)。

結論(2-B)
みなし譲渡は発生する。準確定申告の手続きは相続人が行うことになる。法人は通則法5条の承継対象に含まれないため、相続人と同等の地位とはならない。
相談者の整理との対比(論点2)
「法人への包括遺贈はみなし譲渡で被相続人の準確定申告となり、包括受遺者である法人がそれを行う」「特定遺贈では法人は相続人の立場を踏襲しないので、みなし譲渡は発生するが手続きは相続人が行う」という整理は、通則法5条の構造と整合しており妥当と解されます。
補足:包括遺贈で他に相続人がいる場合は「法人と相続人の共同申告」となる点に留意。

論点3 有価証券(特定口座)の換価分割

3-1 特定口座の相続移管と譲渡所得の帰属 +

相続発生時の特定口座の取扱い

特定口座は被相続人個人に紐付くものであり、被相続人の死亡により閉鎖されます。相続人は自己の口座(特定口座または一般口座)への移管手続を行います。取得費・取得時期は被相続人から引き継がれます(所得税法60条2項・3項)。

現行制度のポイント
相続による特定口座への移管は、現行制度では同一証券会社内に限定されておらず、相続人が他社で特定口座を保有している場合でも保管振替機構を通じた移管が可能(一部商品を除く)。要件は「相続人が特定口座を保有していること」「必要書類の提出」等。

換価分割の実務的な流れ

  • 代表相続人方式:代表相続人1名の特定口座へ全株式を移管 → 代表相続人が売却 → 代金を他相続人に分配
  • 各自移管方式:各相続人の特定口座へ法定相続分に応じて移管 → 各自が売却

代表相続人方式の場合、論点1-Aと同様に、遺産分割協議書に換価分割の目的と分配割合を明記する必要があります。

譲渡所得の帰属

各相続人に換価代金の取得割合に応じて譲渡所得が帰属(実質所得者課税、所得税法12条)。代表相続人方式で形式上は代表者の口座で売却された場合も、換価分割協議に従って各相続人に帰属する整理が認められると解されます。

特定口座の源泉徴収あり/なし

口座種別売却時の源泉徴収確定申告
源泉徴収あり特定口座証券会社が源泉徴収原則不要
源泉徴収なし特定口座なし必要
一般口座なし必要

代表相続人の源泉徴収あり口座で売却した場合、源泉徴収は代表者名義で行われるため、他相続人への分配時の処理が煩雑になる場合があります。各相続人が確定申告で持分相当額の譲渡所得を申告し、代表相続人の源泉徴収税額を持分割合で精算するアレンジが必要となるケースがあると解されます。

取得費加算(措法39条)

適用可能と解されます。各相続人について相続税申告期限の翌日から3年以内の譲渡であれば、自己の相続税負担分を取得費に加算可能。

NISA口座

被相続人の死亡で閉鎖、課税口座(特定口座または一般口座)に移管されます。NISAでの含み益も移管時の時価にリセットされる取扱いとなる点に留意が必要です。

結論(論点3)
特定口座にあった有価証券を換価分割した場合、相続人が引き継いで売却するので、各相続人の譲渡所得申告となるという整理で妥当。代表相続人方式での源泉徴収の処理には実務的な留意が必要。
相談者の認識との対比(論点3)
「特定口座にあった有価証券を換価分割した場合、相続人が引き継いで売却するので相続人の譲渡所得申告になる」という認識は、現行の実務運用と整合しており妥当と解されます。

全体サマリー

類型 納税義務者 申告手続 取得費加算
換価分割
(個人間)
各相続人 各相続人の譲渡所得申告 適用可
換価遺贈
(個人間/受遺者=相続人)
相続人=受遺者 相続人の譲渡所得申告 適用可
換価遺贈
(個人間/受遺者=第三者)
議論あり(学説:受遺者/実務紛争:相続人) 議論あり 納税義務者により変動
法人への包括遺贈 被相続人(みなし譲渡) 準確定申告(法人+相続人が共同、または法人単独) ―(被相続人課税のため)
法人への特定遺贈 被相続人(みなし譲渡) 準確定申告(相続人が実施) ―(被相続人課税のため)

引用根拠一覧

条文 +
  • 民法909条(遺産分割の遡及効)
  • 民法951条(相続財産法人)
  • 民法990条(包括受遺者の地位)
  • 民法1012条(遺言執行者の権限)
  • 所得税法12条(実質所得者課税)
  • 所得税法33条(譲渡所得)
  • 所得税法59条1項1号(みなし譲渡)
  • 所得税法60条2項・3項(贈与等により取得した資産の取得費等の引継ぎ)
  • 所得税法120条(確定申告)
  • 所得税法125条(準確定申告)
  • 国税通則法5条(相続による国税の納付義務の承継)
  • 租税特別措置法39条(相続財産に係る譲渡所得の課税の特例=取得費加算)
  • 租税特別措置法40条(国等に対する公益寄付の非課税)
  • 法人税法22条2項(無償取得の受贈益)
  • 相続税法1条の3(相続税の納税義務者は個人のみ)
通達・質疑応答事例 +
  • 所得税基本通達 法59条関係(みなし譲渡の対象範囲)
  • 所得税基本通達 法125条関係(準確定申告)
  • 国税庁質疑応答事例「遺産の換価分割のための相続登記と贈与税」
  • 国税庁質疑応答事例「未分割遺産を換価したことによる譲渡所得の申告とその後分割が確定したことによる更正の請求、修正申告等」
  • 国税庁質疑応答事例「民法上の相続人が不存在の場合の準確定申告の手続」
  • 租税特別措置法基本通達 39条関係
論文・実務解説 +
  • 税務大学校論叢85号「換価遺言が行われた場合の課税関係について」
  • 神戸学院法学51巻1号「清算型遺贈における譲渡所得と相続税の課税について」
  • 各税理士法人による清算型遺贈・換価分割の実務解説(複数)
判例(譲渡所得課税の枠組み) +

譲渡所得課税の枠組み(増加益清算課税説)に関する主要判例として次のものが引用されますが、清算型遺贈そのものについて最高裁判決として確立したものはありません。

  • 最判昭和43年10月31日
  • 最判昭和47年12月26日
  • 最判平成17年2月1日